と、言うは易く行うは難しなのです。今日、そんな体験をしました。
夕飯代わりに某駅前のラーメン屋さんに入ったのが今から3時間ほど前。
細麺でこってりしすぎない私好みのとんこつラーメンだったので、店員さんに「美味しかったです」と声をかけようとしたのですが、厨房の背中はどうにもせわしない。
ついためらい、「ごちそうさまでした」としか声を掛けられませんでした。
なるべく邪魔をせぬようにとそのまま店を出て行こうとしたのですが、店員さんは忙しい中わざわざ手を止めてこちらに向き直り、笑顔で「ありがとうございました、ありがとうございました」と丁寧に頭を下げてくれたのです。
この瞬間、私思いましたね。「ああ、ちゃんと『とっても美味しかったです、ごちそうさまでした。また来ます』って言えばよかった!!」って。お店のお兄さんに、その丁寧なお辞儀分優しい言葉を返したかった。返す準備もしていたのに、それができなかった。
私は、なるべくいい感想を持ったときは表に出すようにしています。
ちょっと勇気を出して「よかった」と伝えると、ほとんどの店員さんは嬉しそうにしてくれます。
私は、まず良い物を手に入れられて嬉しいし、さらにそれを生み出した店員さんに喜んでもらえるともっと嬉しい。嬉しさが2倍に膨らみます。だからこそ、折角持った感想を言い損なうと「言えばよかった・・・」と後悔するのです。
こういう、言葉足らずで悔しい思いをした思い出がもうひとつ。
旅行中に、シンガポールのとあるスーパーのピアノ売り場(超巨大なスーパーマーケットなのでピアノでもゲームでもなんでも売ってるのです)に居たときのこと。小学生くらいの男の子が電子ピアノのデモ機でBadAppleを弾いていました。
もちろんニコ厨の私がビクゥッ!!と立ち止まったのは言うまでもない。その後、男の子の近くを10分くらいもうろちょろしていたのは、見る人から見れば不審者だったことでしょう。
でも、私は言いたかったんです。
「東方知ってるの?」
「上手だね」
「どこで習ったの?」
「もっと弾いて」
この程度なら、私のなけなしの英語力でも声を掛けられたはずなのに。
上手くやればピアノに合わせて一緒に歌ったり、シンガポーリアンのヲタ友達ができたりしたかもしれないのに・・・!
(そして、まあ万一男の子に不審者扱いされても、旅の恥はかき捨られたろうに!)
と、思い出しては未だに悔しい思いで一杯になるのです。もっと弾いていいのよシンガポーリアン!
※もちろんこの経験は生かされ、帰りのシンガ→成田便では両脇さんとKIAIのブロークン旅英語で仲良くなりました。お陰でオーストラリアのマダムなお友達増えました。
こんな感じで、本当はよかったのに、嬉しかったのに、『ちゃんと言葉にしておけばよかった』という後悔は長く心に残るもんですね・・・。
改めて「いい感想は口にしよう」と心改めました。自分がちょっと勇気を出すだけで、自分も相手も喜んでくれる絶好の機会を無駄にしちゃmottainaiですものね。常々生かせるようにしたいです。