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【社会】名無しの世代ですら、社⇄会を信頼していないという(今更過ぎる)話

Written on:4月 9, 2010
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※今回はちっともハートフルじゃない、クールな話です。そしてお金が絡まるウエットな話でもあります。ちょっと読んでみてダメそうだったらページを閉じてね。

あーもう、夜中にこんなもの読むんじゃなかった。目が冴えて仕方ない。
消費しない20代が日本を滅ぼす!? 若者はサクセスストーリーを経験して積極的になれ!

というわけで、今回はもう何度も再生産されすぎて反吐が出るほど見飽きた「若者はもっと夢を見ろ=金使え」言説について、もにょもにょと青臭い怒りをぶつけてみる。Twitterでは割とストレートに語っているけれど、たまにはブログでも素直に、ね。

いろんな世代の呼ばれ方があります。団塊世代、団塊ジュニア、ロスジェネ(氷河期世代)、ゆとり。

ちょうど、このロスジェネとゆとりの間に落ちくぼんだ、売り手市場の数年間に私たちはいました。このくぼみには呼び名がないから、ここではとりあえず『名無しの世代』としておきます。

(大抵、社会的に不幸や問題とみなされることには名が付いて、いいと思われることには名が付かないもんだね。よほど大きなインパクトを持ち込まない限りは)

名無しの世代の私たちは、底冷えした市場を歩き回る前後の世代を見回しては「自分たちだけすみません」と頭を低くし生きています。積極的に自分たちのラッキーさを周りに話そうとはしません。少なくとも、私が話している人たちはみんなそう。あなたの周りも、ちょっと見渡してみてください。自分たちの就活が上手くいったこと、正社員として安泰な生活を送っていることを自慢したがっている23~25歳、近くにいますか?あんまり居ないと思うんだ。酒に酔ってバブルの思い出を語るおじさんと私たちには、それこそ日本海溝ほどの大きな隔絶がある。どちらも、自分が過ごした時代を語るという同じようなことなのにね。

名無しの世代がそういうことを周りに話さないのは、私個人の実感としては、まず自分たちが無用のやっかみを受けたくないというのもあるし、またいつ前後の時代のような苦労をもう一度するか分からないので、他人事とは思えず気楽に話せないというのもあります。そう、私たちは雇用の不安定さを社会に出るまでもなく肌身でずっと感じてきました。テレビや、近所の友達のお父さんお母さんの噂、学校に来なくなった友達の後ろ姿で。それと同時に、雇用が不安定でなかった世界を、一瞬たりとも体験したことがありません。

バブルを懐かしむ人がいます。やれ就活生を接待だ、隔離旅行だとやっていたみたいですね。へぇ。夢のような話です。まさしく夢の話です。私たちが生まれたのはバブル直前からバブルにかけてですが、私たちが学生をやり始めたころには失われた10年が始まっていたから、バブルなんて記憶にも実感にもさっぱりないのです。浦島太郎と何ら変わらない。むしろその奇妙さにかけては浦島太郎みたいな勧善懲悪、シンプルな話と比べるのもはばかられるほど一筋縄でいかないのですから、もっと実感を持ちづらいってもんです。

さらにいえば、私たちがいた数年間は売り手市場といわれ名がない時代ですが、そのときだって就活に苦労している子はたくさんいたのです。むしろすんなりいった子なんてほとんどいなかった。確かにロスジェネのころに比べれば相当楽だったとは思うけれど、それは私たちにとっては比較対象の問題でしかない。苦労はした。内定をもらった子を横目に見て焦り、夜寝る前に履歴書を手書きで書いて字を間違え泣きそうになった。朝お祈りメールをもらって愕然とした。ミクロの視点で見れば、やったこと、悩んだこと、苦労したことは他の世代と変わらないのです。私たちも。

だからこそ、私たちの実感として、社会を100%信じ切って身を投じられるほどそこに余裕も信頼もなかったんです。今もありません。来年就職できないかもしれない。出来たとしても首を切られるかもしれない。現状のシステムが変わらない限りは、人数の多い上の世代を支えざるを得ない。こんな風では、大幅な収入アップなんて期待薄だ。現実的な判断でしょう?こんな状態で、逆に「今がチャンスだ」と思う変人の道行きはふたつです。ひとにぎりの天才と、大勢の愚か者。

このどちらにも振り分けられることをよしとせず、ひたすら「当たり前の生活をしたい」と求める人々は、だからこそ貯蓄に走り、こじんまりと生活し、代わりにできる限りの自己実現を図る。充足するのにお金がかかる”物”ではなく、維持費用のかからない”心”を大切にする。大きくなる見通しの持てない身の丈に合った、賢い選択をしているだけです。

だというのに、懸命にに生きている人たちのことを亡国論の主犯に仕立て上げ、あまつさえお門違いのアドバイスまで押しつけてくる言説が世の中に当たり前のようにはびこっていること、本当に腹立たしく感じます。いや、もちろん分かってますよ?お金をもっと使って欲しい人からの要請で書いているんだろうってことは。企業や国の収入は、そうしなくちゃ増えないもんね。

でも、私たちには本当にそんな余裕はなくて、こと経済面に関しては夢なんて見ていられないということくらい、この消費傾向を見て分かってほしい。私たちは別に、車や酒を嫌っているわけではないのです。手に入るならほしい、けれど今の私たちにはその代償を支払う余力がない。ただただそんなシンプルな理由で避けているだけです。そんなこと、きっととっくに分かっているのでしょうけれどね。分かっていて知らぬ振りを決め込んでいるんだ。

そして、私個人として願っていることは、これ以上私たちにまとわりつかないでほしい、ということです。もはや、私たちや私たちに近い世代全員を助けろとは言わない。ただ、バブルという海溝の向こう側にいながら、私たちを『若者亡国論』の首謀者に仕立て上げようとするその企みを再生産しないでほしい。あなたたちが私たちを勝手に分類し、ラベリングして貶め、過度な期待=重荷を負わせ、役立たないアドバイスを押しつけないでほしい。そういう言説を読む度に私はえらくしんどい気分になってしまって、たまにはこういう質の怒りをはっきり表明しておきたいと思いました。

今でもいっぱいいっぱいの僕らから、もうこれ以上、生き様や尊厳すら奪っていかないでほしい。ただそっとしておいてほしいの。

それに、若者から無理して搾り取るんではなくて、タンスの奥から引っ張り出してきたほうが、よほど金額としては大きくなると思いますよ。本当に、ええ。

(※続きじゃないけれど、多少関係がありそうなことを書いた。【社会】今からそいつを これからそいつを 殴りに行く前に知らなくてはいけない話

————–

12:42追記:

ひえええwどうせ誰も読まないだろうと思って朝8時に投稿したこれがこんなに読んでいただけるとは。有り難いことです。

・まず真っ先に、バブルの壁を越えた先にいる方々にまでこの声が届いていること、とても嬉しく思っています。24才の戯言と侮らず、決して面白くない(むしろ耳が痛い)内容でしょうに真剣に耳を傾けてくださった、その勇気に心からの感謝を申し上げます。

・異なる考え方を持っている方/批判的な考えをもった方へ。私は、私の信念で、若者亡国論の再生産をやめてくれと声を上げたのみです。私の考えが正しいと主張する気は一切なく、それ故にあなたと私の考えの違いは素晴らしいものです。自分の考えを持つこと、それ自体が大事なことだから。むしろ、私の文章を批判的に見ていただくことで、思索を深めるお手伝いが出来たのなら、こんなに光栄なことはありません。

・共感を持ってくださった方、ありがとうございます。ぶっちゃけコメント見ながら泣きそうでした。だって全然こんな反響予想してなかったもん。夜中のテンションで、DDRのリズムに乗りながら書き上げたのがよかったんだろうか。

・最後に、RTしてくださった佐々木俊尚さんの言葉を。
いまの若者はみんな優しすぎる…。もっと怒ればいいのに、と煽ると「世代間対立を煽ったって何も始まらないですよ」って彼らから諭される。何というか、反論できない。

確かに、私たちは優しいのかもしれない。でもそれは真心から来る優しさではなくて、ものをはっきり言えない優柔不断さがにじみ出ているようなもので、それゆえに弱いのだろうと思う。だって、世代を飛び越えてまでこんなに真剣に心配されているんだもの。本来は私たちを謀る側にまわりやすい世代にいてさえ、そうしてくれるその真心が、嬉しいのだけれど同時に少し悲しくもなる。もう少し反骨精神というか、素直に怒っても許されるのだろうか、私たちは。ちょっとそう思って、仕事を干されて年を取り、ひからびてしぼんでいく様が脳裏をちらとよぎって、それっきり、私はふいー。とため息をついたのでした。思考停止、いくない。わかってるけどさ。

ありがとうございました、皆さんの耳に、私の言葉が届いたことが本当にうれしかったです。おやすみなさい。

8 Comments add one

  1. hugh says:

    金を使って欲しいという言葉が、欺瞞ではなく本当に若者に夢を持って欲しいという願いなら、タンスの奥にあるお金を若者に渡せばいいんですよねぇ。ベーシックインカムとしてか、あるいは小さなチャリティーとしてか。

  2. RKF says:

    なるほどって思いました。
    私はちょうど団塊ジュニアの世代ですが
    2~3年前くらいの新入社員は確かに、すごく堅実な日々を送っているイメージがあります。
    休日は家か近場で遊んでいて、大きな買い物もあまりしないし貯金もしてる。
    若いのにえらいなぁ。って思ってました。
    いろいろ考えていて、現時点でのよりよい選択をしているのですね。
    確かに「若者亡国論」バブルを経験している人たちには言われたかないって思います。
    でも消費を増やさなくてはならない理由もわかります。
    バブル経験者は、基本あてになりません。
    だから若者に押し付けるのではなく、バブルはじけた後から就職しているのは自分たちの世代が最初なので、もうちょっと若い人がそう思わないような仕組みにしていかなきゃなぁって思ってます。
    バブルを味わってみたいと思いませんが、自分の世代も就職や金の心配を常にしながら送る人生からは脱却したいので、考えて行動していかないとと思いました。

  3. taiching says:

    @sasakitoshinaoさん経由で来ました。

    私は新井さんより10年上の世代で、最後の団塊ジュニア世代です。

    団塊ジュニアとして我々も色々いわれてきました。

    特にネットバブルの時に起業した人が多い世代なので、様々な誤解、やっかみ、嫉妬….あと若い内に芽は摘んどけ的な不条理。

    内容は異なっても発言元は同じだと思われ、気持ちはよくわかります。

    あの世代は良くも悪くもタフガイで、したたかです。

    自分も一時期悩みましたが、結局は起ち上がる方を選びました。

    上の世代を打ち負かす為でなく、より良い社会を下の世代に引き継ぐ為に。

    怒る強さがないことを嘆くのではなくて、今持っている優しさを下の世代の為に使ってみるというのはどうでしょうか?

    このblogを読んで、新井さんにはそれができそうな気がしました。

    おせっかいまでに;)

  4. 新株予約権 says:

    >消費しない20代が日本を滅ぼす!? 若者はサクセスストーリーを経験して積極的になれ!

    私はこれを記事ではなくテレビで見たのですが、はらわたが煮えくりかえったのを憶えています。

    消費が低迷気味なのはさまざまな理由がありますが、その中から最も叩いても差し支えがない連中、つまり若者をターゲットに選んだというのがリンク先の記事でしょう。不正規雇用を増やして賃金を抑えた大企業を叩くことはできません。どんな仕返しをされるかわからないですからね。大企業は芸能人にとっては広告主ですし、政治家にとっては天下り先ですから。
    10代から20代の人間というのは権力も持ってないし、数も少ないので選挙でもマーケティングでもさほど気にしなくていい存在なのですよ。
    同じようなことは「若者の○○離れ」とか「俗流若者論」とかいった形でよく行われています。
    こういうことを行ってる卑劣漢たちに対して出来ることは「お金を使わないこと」しかありません。この静かな反撃を地道に行うことくらいしか若年層にはできないでしょう。
    しかしこれがまるで遅効性の毒のように効いていきますから。それくらいのことをしないと彼らにはわからないでしょう。

  5. M says:

    そもそも若者は浪費すべきだという常識は、堅実な老人・大人から金をむしり取るために、かわいい孫・子供からのおねだりに逆らえない心理を突いたものであって、市場からすれば乞食が赤子をダシにするような発想に基づいていたのだと思われる。
     
    しかし今、若者に金が無いのも、機会が無いのも、ご指摘のような預貯金の死蔵のみならず、老人がその若者に金を流すルートが断たれている“非情さ”にもあるのだろう。孫・子に使う金があったら、自分で使う(貯める)か。
     
    脳天気に「たちあがれ日本」と言っている世代が、「ピンピンころり」を理想だと言っている無責任さとも通底する。
     
    老いてなお、自分は若いつもりでいる。その特権的地位を勘定に入れず若者と同等に張り合っている。それは、自転車をバイクでぶっちぎり得意げになっているようなもの。ピンピンころり…やりたい放題やった後、後始末は丸投げ…ってことですよ。
     
     
    いや、世代と言うと不正確ですね。その同じ世代は、若い頃親へ仕送りをしていた世代であり、自らへ投資できなかった者であり、その未練と期待を子に被せて子に投資した世代でもある。前者と後者の差は、今、裕福な老人と、貧しい老人へと極端に二極化してもいる。
     
    その二極化を、自己責任として肯定することは、親を踏み台にして子をネグる生き方をこそ正しい…正しかった…と言っているに似ている。

  6. ちゃお says:

    私は今34なので「団塊ジュニア」と「就職氷河期」の間、ちょうど名前のない世代です。
    あえて言えば今、ネットビジネスで成功している人たちがちょうど私たちと同世代です。

    だからかどうかは分かりませんが
    「どうなったってどこかでどうにかして生きていくことは可能。それは別に日本じゃなくてもいい」
    という、楽観的な考え方の人が多いです。

    私たちの上には大胆に金を使いまくり、また過労死するほど働きまくった世代。
    私たちの下には必要以上には決して金を使わず、狭いコミュニティでほんわかすることを好む世代。

    どちらの言い分もよくわかります。
    どちらの言い分も一理ある。
    ただ私たちには上の世代程一本通った経験も実績もないし、
    下の世代程「ほっといて」というほど芯もなければ喧嘩する体力もない。
    だから、黙ってみています。ずーっと。

    若い人がこのままの感性でいくと経済のパイは小さくなり、日本の国力は落ちる、、、それは事実だと思います。
    ただ、現時点で無責任に勝負をかけろ、というのが無理な話、というのもよくわかります。

    あと5年10年経つと、私たちの世代が社会を動かすことになります。
    そして私たちは確信しています。私たちが景気を良くすることができるだろうと。
    そうすると、ちょうどブログ主さんの下の世代がお金を使うような世代になると思うので、結果的に今の20代が無理して浪費する必要なんかないと思っています。

    だから、ケンカしないで仲良くやってほしい。
    私たちはそう願うばかりです。

  7. mironov says:

    興味深い記事をありがとうございます。ガジェット通信から飛んできました。

    僕は30歳ですが、意識したことがないので(これからも意識しませんが)どこの世代なのかよくわかりません。

    消費が落ち込んでいることを若者のせいにされては困りますね。

    僕は、買いたいものがないから消費が伸びないという側面があると思います。それを持つことによって感動できるものならば売れるでしょう。車が好きなので車を引用すると、ただ速いだけの日本製スポーツカーはいりませんが、運転して感動できるポルシェが欲しいのです。

    また、一般的にモノの品質と耐久性は過去に比べて現代の方が上がっています。つまり今はモノが壊れなくなったので、新しいものを買うまでのサイクルが延びたと考えています。

    これは技術の進歩や省エネという観点から、考えると非常に良いことです。

    消費が伸びないことを嘆くよりも、誰でも買いたくなるもの(例えばiPod)を作って売ることを考えていきたいです。

  8. CCCP says:

    あらいさんこんばんは。
    ガジェットから来ました。

    空前の民主主義、なかんずく市場経済主義の転換期に於いて、バブル待望論の諸兄が未だにそのダミ声を止めないことに、わたしたちアラフォー世代も辟易しています。

    右肩上がり信仰が、この合理化至上の世の中に狂信的に受け入れられている事はとても皮肉な事です。

    彼らは永遠に昇り続ける事の出来る階段、高音程がどこまでも終らないピアノ、永久に加速し続ける車が理想なのです。

    不思議です。

    彼ら程の学歴職歴、そして頭脳を持ってしても、『登ったら降りなければならない』あたりまえの法則を認識できない訳ですから。

    この経済に関わる全ての人々を憂鬱にさせる真実を、うやむやにさせる錬金術的経済論が、様々に論議され発表され、そして経営者たちはこぞってそれらを実行しました。

    数千年の人類が、その多くの血で購った皆の為のルール。
    このルールの最終最善な果実がバブルであり、カルロス・ゴーン的企業経営である、などとはとても肯うことはできません。

    そういうわけで民主主義も、市場経済主義も、そろそろ綻びが大きくなって来ています。

    ”海溝”の前後を超えた新たな潮流の萌芽を、新井さんの記事から、わたしは予感しました。
    またそうして行く事が、わたしたち40代の責務かも知れませんね。

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